2013年3月13日水曜日

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』(2009):記憶と忘却のマイケル像

【2010-11-08のログを転載】



最近になってやっと「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を観ました。

言わずと知れた2009年6月に急死したマイケル・ジャクソンの死ぬ数日前までの映像をも含むライブ・リハーサル映像をまとめたドキュメンタリー映画です。公開スタートは10月。熱狂的なファンからそうでない人たちまでを魅了し、予想以上の人気を博し、公開期間の延長やアンコール上映まで行われた映画です。
映画館で見るべき映画などということも聞かれましたが、僕は結局観ずに終わって、この間やっと観ることにしました。

この映画は、思いの外急ピッチにまとめ上げられ公開となりました。マイケル・ジャクソン急死のニュースが冷めやらぬ内での公開に、ジャクソン親族側の多くが批判の声を上げました。僕個人としても余りにも早いのでは無いかと感じたのを覚えています。

おわかりの通り、この映画は単に舞台の裏側を納めたという訳ではなく追悼映画の要素を強く持っています。
基本としては、マイケルが実現しようとしていたライブを、リハーサル映像や会場で使用予定だった映像素材等をつなぎ合わせることで再現する映画構成になっています。ただ、その中でいかにマイケルが音楽に情熱を持って接していたのか、どれだけファンを愛していたのかというのが分かる様に演出されています。また、このライブが行われるという発表がされた頃から報道されるようになったマイケルの健康状態への懸念を払拭するようなマイケルの踊りや歌声も見所になっていると思います。観た方は、見終わった時、マイケルの偉大さを感じ、はやり彼は「King of Pop」なのだと実感するのではないでしょうか。「This Is It」というタイトルには、制作側の「これがマイケルだ!」というメッセージをも感じさせます。

ところで、急な話ですが「記憶する」ということは「忘れる」ことでもあるというのをご存じでしょうか?
追悼の場というのは、亡くなった人物に思いをはせ、哀悼の意を示すという儀式の場だけではありません。その過程において参加者にある特定のイメージを記憶させてそれ以外を忘れさせる行為の場でもあります。お葬式や様々な追悼記念式典などで、亡くなった方、または追悼対象に悪いこと言う人はまずあり得ません。こうした儀式でそのような行為はタブーであり、逆に望まれているのは、いかに惜しい人を亡くしたのか、いかに善いものを失ったのかを想い、その想いを記憶することです。ですから、追悼というのは、それ以外の悪いイメージを忘却させる力を持っています。

そういう意味で言えば、「THIS IS IT」は、死去直後に大々的に公開されてマイケル・ジャクソンをどう記憶すべきかを規定した映画と言えます。これにより、鎮痛剤中毒となって無残な姿で死んだ(殺されたとも報道された)というイメージは払拭され、また過去の奇行や幼児への性的虐待の容疑に関してなどについても言及することがはばかれるような社会的な空気を生み出したように思います。ある意味で、この映画によってマイケル・ジャクソンの栄光は保たれ、皆は安心してマイケルを記憶し、それと同時に忘れることができたと言えます。

このように、この映画はマイケル・ジャクソン自身がそうであったように社会現象と共に語るべき映画ではないかと感じました。あなたにとってマイケルのイメージは、どうなるのでしょうね?


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